ずっと待ち続けていた言葉

「こういった商品が欲しかった。」「こんなサービスを求めていました。」
まぶしい日差しの中、真剣な眼差しで言ってくれる方々。

私はこの言葉を待っていた。8年間、ずっと。

お店のスタートは2010年12月。「おおきに~」の文化が根付く場所・関西。私が『アロマとコスメのスクール&サロン アロマドレッシング」を立ち上げたきっかけは、化粧品会社で美容部員をしていた時代にさかのぼる。隙のないメイクに、華やかな制服。だが、夜になり髪をほどいた瞬間、カウンター越しでは聞くことがない本音トークが私の元へ集まる。

「ニキビがあるのだけど、このスクラブは使っていいの?」「目のシワ、どうしたらいい?」

みんな、聞きたいことがあっても聞けないんだ。アドバイスをしながら、カウンターの敷居をなくしたサービスが出来たらいいな、と思った。知りたいことが何でも聞けて、本当に欲しいものだけを購入できるお店。いつか作りたいな、と。

退社後、個人事業をはじめる。興味があったアロマの資格も取り、コスメと両方教える環境を整えた。サロンの部屋を完備。大きめの鏡・数々のアロマを揃えた。

アロマやコスメ初心者が気兼ねなく集まれる場所。アロマオイルの垂らし方、アロマの基となるハーブをちぎったり、香りを嗅いだりして五感で楽しめる講座。メイクは、その方のクセに合わせてファンデーションの塗り方からレクチャーした。

最初は、お客様がなかなかこない。そのうち、昼は自営業。夜は近隣のスーパーでパートという掛け持ち生活がはじまる。そんな状態をみかねて、友人が仕事をふってくれるように。ありがたい。いつしか副業と併せて、生活が成り立つようになった。

事業途中、4年目で転機を迎える。兵庫県の環境事業に携わることになった。地域資源を活用し商品化している会社や団体。そこへ取材に行きレポートにまとめるのが私の役割。月一ペースで、県内をまわった。

時代の変化で、流通しずらくなった地元緑茶を和紅茶へと製造販売している団体。遊休地を活用し地元住民とハーブを栽培している会社。食用として使用されることが少なくなったみかんをアロマオイルにしている会社。取材を通し様々な方と出会った。

共通しているのは、出来る限り農薬を使わず自分たちの手で栽培。雑草は手作業で抜く。その土地で育てたものを商品化。大量生産はしない。

確かなものがそこにはあった。

こんなに良い商品が、こんな地元にとって良い活動をしている方々が世の中に知れ渡っていないのはなんで!?そんな気持ちでいっぱいになった。

取材後、アロマドレッシングで取り扱いたいと申し出た。この目で農地を確かめて、生産者と話しあった温かみのある地元産アロマやハーブなどの商品がたくさん集まった。それらをアロマの講座やサロンのトリートメントでも取り入れるように。屋号も「国産アロマとハーブのスクール&サロン アロマドレッシング」へと変更した。

昨年、5月。家庭の事情で東京へ。スクール&サロンも、そのままの形で移転。地元産のアロマやハーブなどの商品も家族と同じ感覚で一緒に連れてきた。

新天地でOからのスタート。お客様はいない。まずお店の存在を知ってもらわなくては、と様々なイベントに出ることに。初出展は、お客様からどんな反応がかえってくるかドキドキした。自分が良いと思っている商品やサービスは、自分自身が満足しているだけで本当は他の人には必要と思われていないのでは?と不安もよぎる。

とあるイベント。お客様の反応があったのは昼過ぎあたり。朝に来られたお客様が、ご友人にすすめてくださったり、もう一度足を運んで下さる方が続いた。

「お友達から聞いて、いいブースがあるよ~と教えてもらいました!」と。

取り扱っている商品やサービスを必要としてくれる人がいる。不安が確信へと変わった。あの、まぶしい日差しの中で戴いた言葉が今日も励みになっている。なぜなら、ずっと待ち続けていた言葉だったから。

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